モラハラ2

8月13日(日)にボクの実家に里帰りをしました。

久しぶりの家族四人の時間です。

子供二人はそれぞれ中学生と小学校高学年になり、父親としての役割も依然とずいぶん変わりました。少しずつ

必要とされる存在ではなくなりつつある

そう日々感じます。

 

 ですが、それでも家族は家族…。普段はまるでボクがよそ者であるような扱いを受けるこの家での生活ですが、そのような状況が逆に4人で過ごす時間を輝かせてくれるようでした。

 

 運転席と助手席に乗り、久しぶりに夫婦の会話を楽しめました。

 ボクにとってはとても幸せな時間でした。

 家にいるときとは違い、奥さんもいつもよりは穏やかで、淡々とではありますが、「普通の会話」ができるのが何よりもうれしかったです。

 

 実家での時間を終え、夕飯までの何気ないショッピングの時間でさえ、今のボクにとっては幸せを感じるには十分な時間でした。

 

 結局その日は4人で半日過ごし、ボクにとってひさしぶりに家族を感じる貴重な時間となりました。   …が、

 

 あけて8月14日(月)の朝、その日は朝から雨でした。

 何日か雨が続くような比較的過ごしやすい日が続き、ボクもエアコンではなく、窓を開け、扇風機でねていました。すると突然奥さんが部屋にやってきて

 

 「雨が降ってるんだから窓ぐらい閉めてよ(怒)そんなことくらい考えればわかるでしょ!(怒)」

 

といきなりのけんか腰…。確かに言っていることは間違っていない。でも、いきなりじゃなくてもう少し「言い方」があると思うのだが…。そう思ったが、とりあえず言われるとおり、窓を閉める。

 

そして10時…。いつもどおりお昼ご飯や夕食の買い出しに向かう奥さん+子供2人。

機嫌のよい日はボクも連れて行ってもらえるのだが、その日は機嫌が悪く、留守番。

問題はそのときの会話…。昼ご飯をどうするかということを聞かれた後、「どうせ買ってきても全部食べないしね。」とまたもやけんか腰。(実はボクはかなりの小食で、特にお昼ご飯は幼稚園生のような分量しか食べないのです。どうもそれが気に入らないのか?)

 

今度ばかりは頭に来て、「俺だって食べたいんだけど食べられないんだよ」というと、「はいはい、そうやってまた取り乱すからいいです。」とあしらうように会話を遮断。

そのまま買い物に行ってしまいました。

 

 自分が食べる量ですら文句を言われる

 さすがに愕然としました。

 何をやっても、何を言っても、謝っても、何をしても

 怒ってばかり…。しかも(ボクから見ると)理不尽なほどに…。

 

 悔しいので昼ご飯は全部食べました。(がんばりました。)

 でもあまりに悔しくて泣きながら食べました。(恥ずかしいですが…)

 

 強いて言うならば、奥さんはどうやら「更年期障害」らしく、心身の状態が不安定のようです。ボクはそれがどれくらい大変なのかが分からないので、何とも言えませんが、間接的ですが大変です。

 

 しかも、こんなこというのもお恥ずかしいですが、ここ半年近く「セックスレス」になっていましました。

 ボクは奥さんが好きなので、その時間がとても大切なのですが、それすら奪われてしまいました。

 人間ってダメですね。心だけで結ばれようとしても、やはり体が結ばれるということが必要だと(ボクは)感じます。

 セックスレスになって半年で、みるみる夫婦の関係は冷えていきました。もちろん原因はそれだけではありませんが、それも大きな原因だと思います。

 

 きっともう彼女を抱きしめることも、キスすることも叶わないのでしょう。

 本当に寂しい限りです。

 

 もう一度彼女と愛し合いたい

 

 です。だって、ボクは彼女を愛していますから…。

 

 

 

モラハラ日記

お久しぶりです。

色々とありまして、こんなに間が開いてしまいました。

まあ、自己満足なブログですから…(;^_^A

 

さて、今日からカテゴリを1つ増やしました。それは

モラハラ

です。

 

本日妙なことからこの言葉を聞き、ふと調べてみたところ、今の自分の境遇と合うことが多いので、これからモラハラに当たるようなことがあった場合は書いていきたいと思います。

また、これが「もしも」のときには役に立つかもしれませんので…

 

●奥さん ★義父 ◆義母 ※色がないときは「よいこと」

7月25日(火)

● 電話をかけても…

 いつものように家に帰ると玄関先で奥さんが大激怒!

「電話をしたけど出ない!」とめちゃくちゃ怒ってる。

こっちは今まで仕事先から車で帰宅途中…電話に気づくわけがない。

 

 そう説明すると

「車から降りたとき電話があったかどうか普通確認するでしょ?」

 

え!?普通確認するか?(ちなみに駐車場から家まで歩いて1分の距離)

 

あまりの理不尽っぷりに声も出せないでいると、「いつでも連絡がつかない」「連絡しても意味がない」など、ここぞとばかりに文句のオンパレード…。

 

正直「恐怖」を感じました。

 

 実はその日は義父が外で作業をしていたので、ボクが帰ってきて鍵をかけてしまうと閉め出されてしまうので、「帰ってきても鍵をかけるな」と電話で言いたかったらしい。(ちなみに作業場は家から徒歩5歩程度の離れ)

→ そんなの帰ってから言えば十分だろう?

 

 まあ、とにかく「両親大好き」な奥さんですから…

 

 とまあ、こんな具合に内容的にちょっと一言言いたくなることかもしれないけれど、「何もそんなに怒って言わなくてもいいだろ?」

と言いたくなるようなことがあまりに多い。

 

 最近は世に言う「帰宅拒否症」の仲間入りです。

今日も家に帰ると思うだけで、胸がドキドキ、お腹が痛くなってきました。

 完全なストレスです。

 「今日は何を文句言われるのだろう」

毎日そんなことばかり考えています。正直辛いです。

 

 それに加えて義父や義母の嫌みにも耐えることしばしば…

こんな状態をいつまで耐えればいいのか…

 

「もしも」のときは確実に近づいているような気がします。

 

いじめ

 どうしてかはよく分からないが、妻が金曜日から不機嫌だ。

 いくつか推測することも可能だが、確固たるものはない。

 

 昔から「道行くカップルで怒っているのは女性」と言われるが、どうして世の中の女性はあれほど怒りっぽいのだろうか?

 まあ、「怒っている」というより「男性が怒らせている」のだろうが…。

 それにしても「感情」は女性の代名詞だとつくづく感じる。

 

 ボクは子どもの頃(?)からデリカシーがなく、よく周りを怒らせていた。

 もしかすると「デリカシーがない」だけでなく「人の感情が分からない」もしかすると「情緒障害」なのかもしれない…と最近では思うこともある。

 

 奥さんが不機嫌だとこの家にいるのは本当に辛い。

 というか、よくあんな風にボクにだけ辛く当たれるものだと感心する。

 他の家族に呼びかけるときと、ボクに呼びかける(必要なこと以外は呼びかけることはない)では声のトーンや言葉づかいがまるで違う。あれは

 

一種のいじめ

 

だと思う。

 

 ボクは何のためにこの家にいるのだろうか。

 お金を貢ぐための単なる「ATM」的存在に過ぎないのだろうか。

 毎日のようにそんなことを考える。

 

 きっと原因はボクにあるのだろう。だけど分からない。

 いや分かったところで、謝ったところで、何も変わらない。

 

 何を言っても、何をしてもいつも怒っている。

 あとどれくらいこんな生活が続くのだろうか… orz 疲れた

 

世の中は不公平

「生きたい」

そう強く思う人もいれば

「死にたい」

と思って自殺をする人もいる。

 

世の中はうまくいかない…。

 

そう言っているボクは「生きる」ということに執着はあまりない。

ときどき「死にたい」とすら思う。

 

今まである程度生きてきて、「幸せ」を感じる瞬間がたくさんあった。

友だちとの他愛のないひとときや、彼女ができて今で言うところの「リア充」だったとき、結婚して二人で過ごした日々、子どもができて親になったときの責任感と頼られるという自己有用感…。

 

人生の半分を過ぎたであろう今、これからの人生がこれまでの人生より幸せであることは想像できない。むしろ歳を重ねることはさらなる試練となるだろう。

 

例えば街ゆく人々に

 

なぜ生きているのか?

 

と訪ねたら、一体何人がまともに答えられるのだろうか。

 

少し前のボクなら自信を持ってこう答えただろう。

 

夢を叶えるため

 

…。

 

少し前までボクには夢があった。

その夢に向かって、毎日熱く生きていた。

それが去年から状況が変わり、今は正直妥協で生きている。

 

家族もそうだ。

子どもも大きくなってきて、親として頼られることも少なくなった。

もはや

 

ボクの存在はそれほど大きいものではなくなっている

 

のである。なぜ生きなければ行けないのか?

 

できることなら今からでも小林真央さんと変わってあげたい。

これは本音である。

 

 

人生とは山あり谷あり…

いいことばかりでも悪いことばかりでもない

もしかするとこれから先ボクが

 

「生きていてよかった」

 

と心の底から感じる瞬間があるかもしれない。

 

頭の中ではそう分かっていても…

現実は今の生活の苦しさにときどき負けそうになる。

逃げ出しそうになる。俺ってこんなに弱い人間だったんだ…そう気づかされる。

 

さて、どうする?

 

 

 

 

なぜか

小林真央さんがお亡くなりになりました。

ステージ4という状況から、完治は不可能という空気の中そのときは訪れてしまいました。

 

特に好きでもなく、どちらかというとどうでもよい存在であったのですが、一連の乳ガン~ブログの流れを受け、なぜかとても興味・関心がありました。

 

実は今から7年間、ボクは友だちを同じ乳ガンで失っています。

大学時代の4年間、本当によい友達でした。

理系でしたので、女子はすごく少ない中、ともに実験・レポート作成などをこなし、長期休業中には全国の友だちの家を泊まり歩きながら楽しい思い出を作っていきました。

 

ボクに彼女ができたときも、その彼女に振られたときも、たくさん話を聞いてくれました。夜、突然家にやってきて「今からドライブ行こう!」と言われ、横浜から髙山まで夜通し話をしたこともありました。

 

大学を卒業してからは、会うこともめっきり少なくなりましたが、結婚式で久しぶりに会い、幸せそうな彼女を見たときはとてもうれしかったです。

 

そんな彼女が結婚・出産して幸せな生活を送り始めてから数年後、ボクの元に「訃報」が届きました。あまりに突然のことで言葉を失いました。

 

通夜に参列したとき、その会場で無邪気にはしゃぎ回る子どもたちを見て、涙がこぼれました。

 

そんな経験を通して、ボクは今回の小林真央さんのことを単なる芸能ニュースのように感じられなくなっていました。

 

人には必ず「生まれてきた意味」がある。

 

ボクはそう思って生きてきました。

ボクの生まれてきた意味はまだ分かりませんが、きっと死を迎えるときには分かるのかもしれません。

ボクの友だちも、小林真央さんもきっと生まれてきた意味があるのでしょう。

 

彼女は「病気であることを『かわいそう』とは思わないでほしい」と言っていました。

だからボクは「かわいそう」とは思いません。

「愛している」と言ってこの世を去っていくことはもしかしたら人としてすごく幸せなことなのかもしれないと思うからです。

 

今もしボクが死ぬとしたら、「愛している」と言って死ねるかな…

こっちは自身があるけれど…

 

「愛している」と言って旅立ってもらえるかな…自信ないな(;^_^A

体育祭

本日は娘の体育祭でした。

ただ先週と違うのは中学生は親と一緒にお弁当を食べないので、競技を見るだけ。

しかもこの歳になれば親はただの邪魔者…

最初は見に行くつもりはありませんでした。

 

しかし今年はうちの奥さんが役員をしていて、お手伝い。

少しは父親らしいことをしようと土曜日朝一(6:30)から仕事をし、ある程度の目途がついたので、いざ体育祭!

 

コーヒー好きの奥さんのために缶コーヒーをゲット!

急いで中学校に行き、奥さんを探す。

少し時間はかかったが発見!

と同時に向こうもこちらを発見!

 

しかし、こちらを発見すると如実に「迷惑そうな表情」

それに来ると思っていなかった「困惑顔」が混ざり何とも言えない表情でした。

とりあえず缶コーヒーを渡し、娘の出場する競技を見学。

本当によくぞここまで成長したものだ。としばし感心…。

 

すると義理の母からの電話

何事!と思って出ると、俺の車のハザードランプがつきっぱなしとのこと。

そこへ奥さんも登場。「何やってるの?」的な感じ。

 

結局娘の競技直前で車に行かされ、1つしか見られませんでした。

 

失意のどん底で家に帰ると、しばらくして奥さん帰宅。

ふて寝をしている俺に、「疲れて帰ってきているのに(寝ているとは…)」と怒り。

(いつも俺が遅く帰った時には寝ているくせに…と思いながら)

さらに他のことでも怒りモード。

 

さすがに頭に来た俺は反撃するものの、口ではかなわない。

というか、完全に俺に対しては減点法の評価しかない。

「〇〇ができない」「〇〇を忘れる」「〇〇は…」といった感じ。

 

さすがの俺も頭にきて反撃するるもあえなく撃沈。

いたたまれずバックをもって家を出る。人生2度目の「家出」である。

 

確かに俺はミスが多い。忘れてしまうことも多い。

だけどそれなりに頑張っている自負はある。

だけどそれは伝わらない。なぜなら向こうにとっては当たり前のことだから…

 

孤独になって必死に考えました。

「これまでのこと」「これからのこと」

でも答えは出ませんでした。

 

9時を回ったころ、奥さんからLINEのメッセージ。

「のどが痛い。風呂はどうする?夕飯はどうする?」

 

正直言うと「帰らない」つもりでした。

というか「帰りたくない」気持ちでいっぱいでした。(今も)

でもこれ以上迷惑はかけられなかったので、帰りました。

ドアを開ける瞬間の嫌な感情はとても言い表せません。

 

帰ってきた俺に対する奥さんの態度はすごく冷ややか。

 

俺はやっぱり「別居」する方向へ考えたい。

これはこれから時間をかけて考えてみたい。

 

俺はただ「奥さんの笑顔」が見たかった。

コーヒーを買ってきて、自分のことを気にかけてくれる。

そのことを喜んでほしかったのだ。

だけどそれどころか反感を買ってしまった。

さすがに俺である。

 

ちょっと限界かもしれません。

 

 

 

運動会

本日は息子の運動会でした。

どういうわけかボクに似ず、「かけっこ」が得意のようで…(-_-;)

最後の競技では縦割りリレーの選手に選ばれていました。大したものである。

子供が活躍するのを見るのは親としてはやはり気分の良いものではある。

しかも、久しぶりに夫婦(二人)で話をする時間もでき、ちょっぴり幸せな1日であった。

 

そして今日は久しぶりに家族全員で夕食。

何となく運動会からの流れでめずらしくよい雰囲気でした。(ボクにとって)

ただどうしても聞き流せなかったのは、義理の母の

「じいじとばあばがいるからよ。いなかったこんな風になっていなかったから…」

というセリフ。

息子は習い事をしているのだが、その費用を出しているのは義理の両親。

別に頼んだわけでもないのだが…なぜかいつも得意げだ。(そのことを言いたいらしい。)

確かに住宅ローンのない我が家にとっては金銭的には同居はありがたい。

子供たちにとってもおじいちゃんとおばあちゃんの存在はよいもののようだ。

ただそれらはすべて

 

ボクの精神的な犠牲の上に成り立っている

 

ということを忘れている。

何度も言うが、「ボクは同居が嫌」なのである。

たとえ義理の両親がいい人であっても…だ。

 

あの人たちほど幸せな人はこの世にいないかもしれない

 

そう思わせるほどお気楽な発想である。

しかも自分は稼いでいないのに…本当に幸せである。

あのポジティブっぷりには絶対にかなわないな。はぁ…。

 

今はもう、昨日のフルマラソンと同様

 

「いつかは終わる」

 

そう心に言い聞かせて今日を生きるしかない。がんばるぞ!